上山信一さんについて

ご紹介したく、投稿します。

僕はこの人が好きです、右のリンク先にも張らせていただいていますが、パブリックセクター改革や開発経済に関心が深いこともあり、この方の意見を参考にさせていただいています。分野が北野ゼミと似通っているのが個人的に重要だったりします。現在、大阪市改革の真っ最中。各事業の分析結果が公開されています。

http://www.city.osaka.jp/keieikikakushitsu/kaikaku/kaiken/shiryo/bunseki/index.html

僕が紹介するよりも丁寧な記事が日経の特集であったので引用させていただきます。



縦のものを横にする(1)改革プロデューサー上山信一氏(人間発見)
2005/10/31, , 日本経済新聞 夕刊, 3ページ, 有, 1288文字



民間の経験伝え、行政評価を指南
フォーラム生まれ、全国の自治体に出向く
「縦のものを横にする」改革を支援
  財政難で国も地方自治体も改革、改革の大合唱だ。近年浸透しているのは、民間の経営手法の行政への導入である。慶応大と大阪市立大の教授で経営コンサルタントの上山信一氏(48)は、日本に行政経営の概念を広め、省庁や自治体で政策評価や改革案作りをプロデュースしてきた指南役として知られる。
 行政評価にかかわるようになったのは、マッキンゼーの共同経営者(パートナー)をしていた一九九六年の秋からです。当時の建設省が道路整備五カ年計画を作るのに道路評価の見直しが必要だと強調する担当官がいた。勉強会をしたいと言うので、出向いて企業改革手法の話をしました。仕事と関係ない余技でしたが、パートナーはそういう活動を奨励されていた。
 その場で、企業では業績評価が当たり前になっていることとか、管理会計の説明をすると、「目からうろこが落ちた」と言われて。米国出張の際に調べた先進的な自治体の行政評価、投入した予算(インプット)や整備水準(アウトプット)だけでなく、受け手の満足度などの成果(アウトカム)を指標とする手法を紹介したら、「これが必要だった」と喜ばれた。
 勉強会の成果を地方行政の専門誌に連載してもらい、講演会を開き、本も出した。こうした活動がきっかけとなって、改革に関心を持つ人をつなぐ「行政経営フォーラム」が生まれ、評価が重要という認識が広がっていった。行政評価は三重県の北川正恭前知事が先進的に取り組んでいたんですが、その後、政府も行革に合わせて政策評価を法制化し、自治体でも導入が進んできました。
  旧運輸省に入り、マッキンゼーに転職。その後、米国の大学教授を経て帰国し、現在は企業の顧問、大学教授、行政機関の改革アドバイザーなどを務める。
 行政関係の活動は、費やす時間を考えると、私個人のビジネスにはなっていない。ただ、昔から改革の現場が好きなんですね。これまで神奈川県逗子市や福岡市、岩手県の行政経営、川崎市の美術博物館、横浜市の動物園などの改革に携わってきました。今年定期的に出向いているのは大阪市、大阪府、岩手県雫石町です。国関係で行くのは、国土交通省や国際協力機構(JICA)など。
 大阪市役所は職員厚遇や隠れていた問題が多く、厳しく批判されていますが、背景にある問題は日本の組織に共通です。企業でも行政でも、縦割りの組織や終身雇用、右肩上がりの経済を前提としてきたシステムが持たなくなったんです。最近、前例踏襲の手法や業界の常識が音を立てて崩れ始めています。
 だめな組織は驚くほど似ています。調整にたけて上がったトップが改革をせず、従業員は物を言わない。統治が甘く、外に目を向けず、「みんなの責任、無責任」がまん延している。
 業界や分野といった日本の縦社会そのものが閉塞(へいそく)感を生み、伝統的な組織ほど古い思考から抜け出せないできた。日本の改革の特徴は「縦のものを横にする」戦いである点です。私はそう考えて改革を支援してきました。
(聞き手は
編集委員 堀田昇吾)

縦のものを横にする(2)改革プロデューサー上山信一氏(人間発見)
2005/11/01, , 日本経済新聞 夕刊, 5ページ, 有, 1562文字



上昇志向の薄い「淡白な官僚」だった
面白そうとマッキンゼーに転職を決意
驚いたのは結論を出すスピード
  大阪で生まれ育った。京都大卒業後、旧運輸省に入ったが、上昇志向の希薄な「淡白な官僚」だった。
 高度成長期、大阪近郊の豊中市で育った中流家庭の一人っ子。父親は小学校の教師でよく遊んでくれ、緑の中でのびのびと成長した。政治への問題意識の薄い世代。偉くなる野心もない。鉄道が好きで旅行や山歩きをしていたから、運輸省に入ったのはその延長線上でしょうね。
 事務屋で入ったが、当時から現場があってプロと呼ばれる人がいる仕事にあこがれていた。配属では海上保安庁を希望し、二年間、法規の仕事をしました。その後、米国のプリンストン大学に留学し、前半は経済や行政の勉強をしたんですが、後半は政府開発援助(ODA)とか開発経済学への関心が強くなってね。
 帰国する時、「外務省に出向してODA関係の仕事をしたい」と調書に書いたら、そうなりました。経済協力局でアフリカや中近東のODAの評価の仕事をさせてもらった。霞が関時代は、法学部出身なのに最初から法律が嫌いとか言っていたし、「変わったやつ」だったかもしれない。
  転機は外務省から戻る一九八六年だった。国鉄からマッキンゼーに移った知人に話を聞き、「面白そう」と転職を決断した。
 いろんな会社を見ることができるな、と興味がわいたんです。ただ、マッキンゼーは官僚時代とすべてが違っていてショックでした。調査でも、成果さえ出せれば自由に出張していいし、本も買っていい。自分で判断して答えを出し、責任も取る世界。皆が常に動いていてオフィスにいる人が少なく、正午過ぎに一斉に昼食に行くこともない。
 一番驚いたのは、八割方答えが出ていれば、さっさとやっちゃうこと。役所は完全主義の世界だったから、「こんな段階で」と驚いた。でも、結論を出すスピードも大事なんですね。
 「今の状況でこれ以上調査してもあまり意味がない」といったことを依頼企業に直言したりする。こっちは官から民に来て、単にお客様を大事にしなければと思っているから、「あんなんでいいんですか」と聞くと、「お金もらってずるずるやって、成果が出ないのは一番よくない」と。
 長くマッキンゼーに居続ける人はいないし、早く辞めて自分で道を切り開く優秀な人も多い。組織から仕事の進め方から、役所とは一八〇度違っていました。
  入社して六年後、共同経営者(パートナー)に。マッキンゼー時代の十四年間に化学や運輸、薬品など、大企業を中心に二十社の企業改革に携わった。
 コンサルティングは個別に違う。薬品や金融の分野なら欧米が進んでいますから、最先端の動向を把握した上で国内企業の戦略を考える。私がやっていたのは主に長い歴史を持つ重厚長大産業の大企業の変革。「縦のものを横にする」考え方で、部門の壁、組織の壁を壊していくわけです。
 例えば、商社は扱う商品ごとの縦の組織で物を動かして利益を上げてきましたが、最近はベンチャーへの投資やコンサルティング、保証業務などで稼いでいる。あれが横の稼ぎです。
 日本企業は縦型の仕事ばかりやってきたから、「縦」に慣れた中高年がいきなり「横」のビジネスモデルは作れない。そこで、地味な存在だった財務部門の人や生意気といわれた若手の経営学修士(MBA)取得者、くすぶっている総合職の女性たちに期待しました。
 「今までの社内のタブーに挑戦する新しいビジネスを考えよう。縦型も、格好だけつけた横型の事業も禁止」と言うと、いいものが生まれてきたりする。このパターンで設立され、しっかり稼ぐようになった子会社がけっこうあります。
(聞き手は
編集委員 堀田昇吾)

縦のものを横にする(3)改革プロデューサー上山信一氏(人間発見)
2005/11/02, , 日本経済新聞 夕刊, 5ページ, 有, 1571文字



組織の問題点、現場から探る
自治体改革には経済界の協力不可欠
マッキンゼー退職、米で大学教授に
  組織改革では現場や取引先、OBらに話を聞いて問題点を探った。
 多くの企業を診てくると、現場の若い人や取引先、関係会社の人たちに話を聞くだけで、問題の所在がだいたい推測できますね。たいてい社長に悪い情報は入っていない。末端の人に聞いた話を整理して伝えるだけで感謝されることもあります。でも、問題点をずばっと指摘すると、自信満々の幹部から大反発を受けたりすることもある。「事情も知らない外の人間が何を言うか」とか、「この道三十年だ、オレは」とか。私の方はデータを基に反論する。
 改革はやっとそこからです。本音で激論を戦わせ、一緒に考えていきます。
 バブル崩壊後は組織改革の依頼が増えました。最初はだいたい全社の改革を考えるんですが、小ぶりの問題事業の立て直しから入った方がいいと勧めることが多い。生産性の改善などから手を付けて成功すると、理解が広がり、次の手が打ちやすくなりますから。
  仕事の合間の「社会貢献」と思っていた行政経営フォーラムの活動が忙しくなり、改革の手伝いを頼む自治体も出てきた。
 フォーラムはインターネットを使った情報交換からスタートしました。自治体や省庁の職員、学者、コンサルタントなど多様な業界の人が参加してきた。最初は都市部の専門家が多かったんですが、その後、地方の市町村の人が入ってきて、今では会員が約五百人。時々集まって懇談します。小さな町村だと孤軍奮闘している人も多い。彼らにエネルギーを注入する場にもなっていて、これはやめるわけにはいかないなと。
 ただ、経営コンサルタントの立場から言うと、行政評価にだけ注目が集まることには違和感がありました。評価はいわば体温計。体をどう治すのかが重要なのに体温ばかり測ってどうするんだと。でも、その後多くの人の話を聞いて気づいたんですよ。企業は利益を上げていれば一応成功といえるんですが、行政には何が成功かというものさしがなかった。それがない限り、本当は経営なんてできないはずです。だから行政経営では、たかが評価だけど、されど評価なんです。
 自治体の改革の手伝いは、最初神奈川県逗子市でやり、その後福岡市などから依頼が来ました。福岡では経営管理委員会の委員になり、JR九州の会長だった石井幸孝さんたちと改革を考えました。国鉄の分割民営化をやってきた石井さんは今の自治体は国鉄末期に似ていると指摘された。
 提言は事務局に任せず、私が書いた。行政には改革を進める遺伝子がないという着想からまとめました。石井さんは鉄道ファンの私が大好きな急行気動車「キハ58系」の設計者。それだけで尊敬していたのですが、自治体改革には地元経済界の協力が有効だということを実践で示された。
  福岡市などの改革にかかわりながら渡米の準備を進め、マッキンゼーを退職。米国で大学教授になった。
 この時期、二人の息子に、子どものうちに海外経験をさせたくて、家族で渡米しようと考えました。仲間のパートナーはワシントンにあるマッキンゼーのシンクタンクに転勤したらどうかとも言ってくれた。当時、マッキンゼーとして日本の構造改革に協力すべきだという空気もあった。でも、まったくのフリーランスもいいかと思って。
 結局、ジョージタウン大学の門をたたき、行政経営の研究教授になりました。同時に、海外に滞在して日本を研究する東京財団の在外研究員にもなった。
 米国には三年いたんですが、行政評価や行政経営の研究、翻訳や本の出版をせっせとした。でも、二カ月に一回は日本に帰国し、行政経営フォーラムの例会を続けていました。
(聞き手は
編集委員 堀田昇吾)


縦のものを横にする(4)改革プロデューサー上山信一氏(人間発見)終
2005/11/04, , 日本経済新聞 夕刊, 5ページ, 有, 1560文字



豊かな社会をつくる地域経営も研究
国・自治体などで15の委員
情報公開の徹底、どこでも強調
  米国滞在中、豊かな社会をつくる地域経営の調査研究をした。
 行政経営というと無駄を省き、効率化し、という面ばかり強調されますが、需要をつくり出す仕掛けづくりも大事です。例えば日本ではバブル期に造られた文化施設が行政のお荷物のように見られている。しかし、文化こそ成熟社会の成長産業です。そこで、ミュージアムが都市を再生するという視点で行政経営を考えてみようと思いました。
 実は妻は東京芸大元講師。二十年来、家庭で「文化対経済の闘い」をしてきた。彼女は芸術を尊重し、感性で行動する。私は「人生は経営。数字で表せないものはだめ」という実証派。しばしば意見が食い違う。その妻がスミソニアン博物館でボランティアを始め、経済重視派としては「負けられない」と思って。ニューヨークなどに行って調査し、本にまとめました。
  帰国後、慶応大と大阪市立大の大学院教授に就任。行政改革に助言を求められる機会も増えた。現在、国、自治体などで十五の委員をしている。
 岩手県では行政改革、農産物の県外拡販戦略を考える研究会の両方の委員をした。知事も削るだけでない行政改革を考えている。今年まとまった農産物の販売戦略は、産品を「レアモノ」「実力商品」「周辺商品」の三つに分類し、それぞれ違った売り方を展開しようという作戦でした。
 岩手県雫石町では地域再生のアドバイザーという立場から助言をしています。農業、中心市街地の活性化から病院の建て替えまで、テーマは幅広い。意図したわけではありませんが、農村部から都市部まで、府県と市町村の両方の改革に携わることができました。
 霞が関にいた時、地方自治体は決められたことをするだけの地味なところ、と思っていました。でも、首長がやる気になれば相当な経営改革ができる。行政だけでなく、非営利組織(NPO)や民間の方を含めて、志を持った人が出ているし、地方こそ改革で先行できると信じています。
 どこでも強調するのは、情報公開の徹底です。自治体の改革に携わって実感したのは、競争のない組織は必ずおかしくなるという当たり前の法則。情報を公開すれば、問題を是正する方向に行かざるを得ない。役人は情報を意図的に隠すわけではないが、誰かに言われてやっと出してくる。職員厚遇が問題になった大阪市の場合もそうですが、実態をオープンにすれば改革の流れができる。
  二つの大学の仕事、行政関係の会議、個人事務所を使った企業顧問業と、移動の多い忙しい日々を送る。
 マッキンゼーを辞めた仲のいい同僚の米国人はニュージャージーの牧場に住んで週に三日、ニューヨークの事務所に通っている。コンサルタントをやって大学で教え、本も書く。他の一人は小学校の改革を手伝うNPOをつくった。学校問題専門のコンサルタントの派遣をしていて、こちらは社会起業家といえるかな。二人ともクール(かっこいい)。「私も好きなこと、得意なことで社会の役に立つような生き方をしたい」と思いました。
 振り返れば、留学した時、民間も公共もNPOも同じ経営学の対象でした。これに対し、日本では行政は法学部、経営は経済学部や商学部になる。縦に分ける社会の方が国際的には異質です。縦型社会は目標に追いつこうとするときにはいいけど、他と比較して自己変革するには不向きだと思う。それに総じて「横」に動く仕事の方が付加価値が高い。成熟した日本の目指す改革の方向ははっきりしている。多様な仕事をしていても、この問題意識は共通しています。
(聞き手は
編集委員 堀田昇吾)
=次回は川田達男・セーレン社長
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by tsuyoshi_829 | 2006-07-10 23:36  

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