2006年 11月 30日 ( 1 )

 

卒業確定?

したみたいです。これからさてどうしようか・・・、読みたい本とか論文はあるんだが、多分違うことをやったほうがいいのでしょう。週末、やつれた体に鞭を入れるべく散歩をしようと思います。京都をブラブラ~、行くところは決めてません。

さて、ゼミ生と飲んでいて本音もちらほらでたのだが、多分我がゼミ(研究室?)はやっていることは最先端の割りに組織は平安時代くらいなのでしょう。銀行みたいです。僕はそう思います。もっと、面白さを伝えるor面白いところまでcatch upする努力が必要なんだと感じています。確かに、大学での勉強は自己責任なのは重々承知しているものの、組織を活発化させる工夫は常日頃考えなくて実践するべきです。日経新聞も読まないし株も買わないし金融機関が何しているかわからないまま、BS式見て勉強になるとはとても思えない・・・。「自主性を育む」という観点において、トップのコミットがキーになるといわれつつ、自分として何か出来ないかな~と思いながら数年在籍してきたわけですが、大したことが出来なかったのは反省です。

実はこのゼミにいながら、いつも別の活動に重きを置いてきました。理由は簡単で、あまり面白いと感じていなかったからでしょう。新聞スクラップしたり、株を売買しながら興味を持とうと努めてはいたのですが・・・。もう一個のゼミの方が楽しかった記憶があります。もう一つのゼミは議論をするケースが多く、他のメンバーと比較して金融に強かったことからファイナンス的な立場から発言をすることが多かったのですが、問題の根っこはそういうことじゃないんだろうなぁといつも感じていました。例えば、PFI。たまに、金が浮いておいしい素晴らしい、という専門家の方がいたりしてがっかりさせられるのですが、金は結果であり改善点は違う部分にあります。パブリックな議題を扱うことが多く、どうすべきか?、ということを考える機会が多く非常に勉強になりましたし、目的があって方法論・ツールは後に来る、という価値観が形成されてきました。確かに、方法論により制約を受けるケースもありますが、原則は変わりません。この価値観から、どうすべきかを考えたい、出来れば大きなスケールの問題を扱いたいと考えるようになりました。僕と金融工学がマッチしなかったのは、ゼミで方法論ばかりが追及されてきたことと無関係ではありません。これは自分で気づくべきでしたが、目的のために金融工学があるのであり、金融工学のために勉強していたらそりゃ~つまらないだろうと。基本を抑えたら、多少間違っててもいいから自由に問題解決のために金融工学を使って考えるべきでした。基本のハードルを自分でストイックに上げて勉強して得たもの(厳密な論理展開等)もありますが、失ったものも大きかったです。頭がかなり硬くなりました。これがひどくなると、ツールに固執し全体が見えなくなり、さらに、これだけやってるんだから評価されてしかるべきだという思い込みに陥ることすらあるようです。

今日、2回生と話をしていて、その悪循環に陥っているのに気づいたので、何かしてやれることはないかなぁ~と思っています。上手く解放してやりたいし、間違っても「これくらい出来て当然だろう」とは言いたくないです。どういえば、もっと自主的に楽しんで取り組んでもらえるか、数日間はこのテーマで悩みそうです。今に始まった問題ではないし、僕のやることがゼミの意思決定を変えるわけではないのですが、なんとかしたい、しかし難しい。
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by tsuyoshi_829 | 2006-11-30 00:11